「 レッツ・ヴァシスト 」 2009年9月24日~10月14日


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 早朝5時半。


 まだ仄暗い下界は吐く息も白い静かな冷気を纏い、寝呆けた身体を覚醒させる。

 顔を上げた目の前にはヒマラヤ山系の頂がわずかだが白く染まっているのが見える。

 空はようやく闇から淡青へと変わったところだ。



 ここはヒマーチャル・プラディシュ州・オールドマナリータウン。

 標高1900mのインド大陸北方の地、ヒマラヤ山脈やチベット高原がすぐそこにある谷あいの街にやってきた。


 バックパックを背負いゆっくりと歩を進める。

 左手にビアーズ川を眺め、V字谷に沿う車道をカシュミール方面へ緩やかに坂が上る。

 今、歩いて向かっている先はマナリーから3km程先にある村、その名もヴァシストだ。


 ようやく朝陽が出てきたのだろうか、眼前に聳える白雪の頂が太陽に晒され、山頂付近から順にオレンジ色の光を輝かせる神秘的な朝景色を贈ってくれている。

 路肩に無造作に生い茂る雑草の3割は大麻草という驚くべき光景に戦慄を覚えたが、雄花・雌花を咲かせ茂っているのを見ると、この辺りでは大自然の中のただの雑草に過ぎないという認識なのだろう。


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 避暑地シムラーから9時間かけてバスが着いたマナリーの朝はまだ早く、そのままリキシャーに乗り早々ヴァシスト村に着いたとしても、こんな朝早く宿など到底開いてないだろうからと思い、村まで2、3km程度ならゆっくり歩くか、と歩み始めたのだ。

 だがそれは無謀であった。

 まったく持って上り坂しかなく、ヴァシスト村に上がって行く道を全荷物担いで上がるには、俺は幾分歳を取り過ぎていた。
 

 がんばった。

 ただただ美しい朝の景色だけを見つめ、歩いているという行為を思い出さないようにして進む。

 1時間と少しの、最早トレッキングと呼べる疲労感を感じたがどうにか踏破しヴァシスト村に到着した。

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 ヴァシストは、硫黄泉が山腹から湧き出す温泉の村として、つとに有名である。
 
 しかしチベットに近いとは言えここもインド。

 温泉はヒンドゥー寺院の一端として奉られている。

 そのヒンドゥー寺院の中に、男湯・女湯が完備されていて、朝5時半頃から夜の9時近くまで誰でも自由に入浴を楽しむことが出来るのだ。

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 テンプル温泉は四方を石垣で囲んではあるが、屋根が無いのでとても開放感がある露天風呂。

 石壁は苔むし隙間からは雑草が所々に生えている。

 東側の壁には神様の祠があり、そこから硫黄泉が流れ込んでいるのだ。

 それはアンコールワットとかにありそうな遺跡の雰囲気で、侵食され忘れ去られた遺跡の中の温泉に浸かっているかのようで気分が良い。


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 もう一つ、温泉寺院のすぐ上にアウトドアな温泉がある。

 ここは小さな銭湯のようになっているのだが、白い柵で囲われているだけなので周りからは丸見え。

 子供以外全裸禁止で、男湯専用だ。

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 はっきり言うと温泉のお湯は汚い。

 湯の花だろうと思われる白い浮遊物が大半だが、それ以外にも苔だとかの自然のものから、石鹸カスやら垢やら髪の毛やらの人工物までが自由に浮き沈みしている。

 湯は腰辺りまであるのだが、足元が見えない。

 そしてなるべくそれらを見ないよう、気づかないようにしていた。

 初日は、この湯に入るのか!? この液体の中に浸かるのか!? と何度も躊躇したが、疲れと辿り着いた安堵感で早く温泉に浸りたかった俺は意を決して足を滑り込ませた。

 
 めたくそ熱い。

 皮膚がぴりぴりする熱さだ。

 5分入ったら全身火傷をするのではないだろうかと勘ぐるほど熱かったのだ。


 それも仕方のない事だろう。

 今回の旅においてホットシャワーは何度か宿で浴びたが、それにしても4ヶ月ぶりになる湯船に浸かる熱い風呂なのだ。


 お湯に肩まで浸かる感覚を久しぶりに思い出し、お湯の熱さも久しぶりに思い出した。


 好きな時に好きなだけ、気が済むまでお好きにどうぞ。



 贅沢にも朝はアウトドア温泉で絶景の山々を眺めながらの入浴後、そのままテンプル温泉に移り今度は遺跡の雰囲気が漂うなんとも神秘的な湯に浸かる。

 1日遊んだら夕方か夜にテンプル温泉に再度浸かる。

 まだ明るければ頭上には青空が見られ、陽が沈んだ後は頭上に星が瞬いている。

 全く贅沢な事に、朝晩と1日2回通っていた温泉もそのうち1日1回になり、さらに贅沢な事に、面倒臭いからという理由で温泉へ行かない日まで出てくる始末だ。


 だがやはり日本人の血が温泉を求めてるのだろうか、それはとても気持ちの良いものに他ならないのだ。


 湯が熱いので長くは入らない。

 ちょっと浸かって一旦外で体を冷やす。

 そして冷えすぎないうちにまた湯に体を滑り込ませる。

 これを何度も繰り返し1時間くらい。

 のぼせる身体は体温を増し血液の巡りが良くなるのが分かる。

 その巡りは脳みそをも刺激し、時には立ちくらみをも起こすがそれがまた良い。

 ほてった身体が落ち着くまでボーっと遠くのヒマラヤ山系の山を見つめてたり、白い雲が頭上を通過するのを只々じっと見てる。

 何もせず、何も考えず、何にも囚われる事なくじっと次のお湯に浸かるまでの時を潰す。

 時にそれは時を超えることすらある。
 
 湯に浸かれば浸かったで、とてもシャンティな心持ちになり、喋らずとも湯仲間と同じ気持ちなのが理解出来る。

 幸福感に満たされ、波立たない湯面のように気持ちがとても静かになる。

 これほどまでに落ち着く気持ちに自分もなれるのか!と驚嘆すらする。


 その一方で、すべての事柄はどうでも良くなっている。

 のぼせる前に一度湯から上がりクールダウンだ。


 ヴァシストの硫黄泉、やはり最高だ。


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 近郊にパールバティ・ヴァレーというマナリーのような谷あいの村々が点在する場所があり、そこの温泉が恐らくインドで一番最高だという事だ。

 なので今度またこの地を訪ねることがあるのであれば、カソールからひとつずつ村攻め温泉攻めをしていきたい。



 ヴァシストでは思わぬ再会を何人とも果たした。

 俺のインド道での過程を経てプリー、コルカタ、デリー、ポカラで出会っていた日本人達。

 日本人はやはり温泉好きが多いのだろうか、ヴァシストには結構日本人がいたのだ。


 いつも誰かの部屋が溜まり場になっていて、みなで飽きることなく遊んでいる。

 あっという間に時間が過ぎ行き、気が付くとまた一日が終わっている。

 それは子供時代のように延々と続く時間を弄んでいるようだった。

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 ヴァシストの崖の途中にあるマンゴーツリーハウスと言う名の宿まで2回も登った。

 ここからの景色の良さは一見の価値があるが、辿り着くまでは苦難の道だった。

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 一番最初にバスで降りた街、ニューマナリーへは買い物をしに2度下りた。

 街の便利さと物の豊富さにありがたみを感じる。

 ローカル食堂もふんだんにあり、飯に飽きることも無い。


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 ヴァシスト村から30分程歩いた先にある滝にも行って来た。

 全然楽勝で辿り着き、水が冷たく綺麗で誰もいない滝はとても居心地の良い場所だった。

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 インドの季節は今、冬に変わろうとしている。


 日に日に気温が下がっていくのが感じられ、ヒマラヤ山系の頂にも確実に雪が降り積もりその面積を広げているのが見て取れる。

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 ヴァシスト村でのオンシーズンも終わりに近づき、旅人も一人、また一人と次の旅路へと下山して行った。


 そろそろ俺も潮時だろか。

 20泊21日。

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 3週間のヴァシストでのゆるかった日々に別れを告げ、再度始まる旅路の先へ進もう。
 
 すでに帰国も見え、「 インド道 」も残りわずかだが、まだ進むべき道がある限り先へ進もう。


 次の目的地はチベット亡命政府のある町・ダラムシャラー。

 
 陽の暮れるバスの車窓からは冬の山並みがシルエットになって映る。

 リクライニング式のシートに寄りかかり、まだ滞在していたいという気持ちを無理矢理に断ち切り、気持ちの転換を図る。
 

 
 今旅一番の沈没地・ヴァシスト。



 ここでの日々も、出会った仲間も決して忘れはしないだろう。

 そうさ、合言葉はいつだって 「 レッツ・ヴァシスト 」 だ。


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 暗闇に包まれた山間の山道を、ナオキーズ!を乗せたおんぼろバスは車体をきしませ西へ西へと走り去って往くのであった。

                                      From Naokys!



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             おい、あそこに来週の「インド道」の告知があるぞ! 待ちきれん!! 



※2009年5月20日から2009年10月22日までの五カ月間にわたった抱腹絶倒な大天竺一周の旅、あの名作【 インド道 】シリーズがリメイクされ、ナオキーズ!旅ブログ 『 ぶらっと、旅る。 』にて蘇る。



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